いろいろな○活 がありますが、私の終活として、家族が知っておくべきことなどを取りまとめつつ
あります。押し入れの奥に入れっぱなしだったアルバム/プリント写真のパソコンへの取り込みも
その一つです。
そんな中、「僕の死に方」がちょっと気になってました。
先月の日帰り帰省の新幹線の中で読みました。
行きに半分、帰りに残りを読みましたが、帰りはうるうるしてきてどうしようもありませんでした。
しばらくたってから、続編といっていいと私は思うのですが、「妻の生き方」も読みました。
突然、余命宣告されたらどうしますか。
時間は限られている、その残された時間を精一杯生きる、なんて私には言えそうもありません。
誰でも絶望感に陥ると思います。しかし、そこからが違うのですね。何から何まで自分自身で
「残された命と確実にやってくる死」に向き合い始めるのです。
とことん前向きに進む、そして、とことん寄り添う妻。
41歳で急逝した売れっ子流通ジャーナリスト 金子哲雄 さんとその妻の、死の記録と生の記録、
お勧めします。(★★★)
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「息抜く力 生き抜く力」
「好きなもの」は人それぞれ、一致するのは難しい。「嫌いなもの」は共通しないと長く共にいるのは
難しく、いちばん大切な判断のものさしである。
「がんばれ、あきらめるな」という励ましは時と場合によってはかえって苦しめることになる。
「俺はこんなにがんばってるのに.. もっとがんばれというのか..」
死を迎えようとしている人たちの声で多いのは「死への恐怖」ではなく「1日が長い」という苦痛。
「もうこれ以上やらなくていいよ。ゆっくり寝てなよ」と声をかけるのは苦しみと向き合い続けろと
言ってるのと同じ。
どうしたら苦痛から逃れられるのか、和らげてあげられるのか。本人、そして周りの人、どう向き合えばいいのだろうか。
「未来から開放されている」 これは、何もやることがないのではなくて、何でもできるということ。
「死生観」
いろいろと、気付かされることや考えさせられるものがありました。